Riina and Takefumi’s Paper on JACS / 鍬田さんと今西くんの論文が JACS 誌に掲載されました

Riina and Takefumi’s Paper on JACS / 鍬田さんと今西くんの論文が JACS 誌に掲載されました

A Persistent Ni(0)–Pentalene Complex with High Fluxionality: Does Stronger Antiaromaticity Promote Metal–Ligand Interactions?
R. Kuwata, T. Imanishi, S. Hasegawa, Z. Wang, J. Usuba, K. Yasui, M. U. G. Khan, J. I. Wu, Y. Uetake,* A. Fukazawa*
J. Am. Chem. Soc. 2026148, 20974–20984.
DOI: 10.1021/jacs.6c05255
(originally posted on ChemRxiv (posted on 11 November 2025, Version 2) DOI: 10.26434/chemrxiv-2025-l8c87-v2)

以前 ChemRxiv にて公開していたペンタレンのニッケル錯体に関する論文が,改訂を経てアメリカ化学会誌に掲載されました。

反芳香族炭化水素の遷移金属錯体の歴史は長く,反応性に富む反芳香族化合物を安定な化合物として取り出すための方法として研究されてきました。例えば,置換基をもたないシクロブタジエンは極低温でさえ観測するのがやっとですが (R. Pettit et al. J. Am. Chem. Soc. 1965, 87, 3253 など),対応する遷移金属錯体は安定な化合物として単離することができます (G. Schröder et al. Liebigs Ann. Chem. 1959, 623, 1; R. Pettit et al. Chem. Commun. 1967, 1208 など)。これらを始めとして,反芳香族炭化水素を配位子とする遷移金属錯体では,「配位子の反芳香族性の緩和・解消」,あるいは「金属から配位子への二電子還元による,配位子の芳香族性の獲得」が駆動力として理解されてきました。しかし,金属への配位において,強い芳香族性はどの程度重要なのでしょうか。オレフィン配位子への遷移金属への配位では,金属中心から配位子へのπ逆供与が重要な相互作用であることが知られています。ここで,反芳香族性の強さは必ずしも強いπ逆供与を促進するのでしょうか?この問いへ答えを得るには,適切なモデル錯体における実験的知見と,金属–配位子相互作用の内訳まで踏み込んだ定量解析が必要不可欠です。

かたや当研究室では,安定性と強力な反芳香族性をあわせもつ炭化水素の創製に注力してきました[1–3]。これらの研究を通して,縮環部位の選択が安定性と反芳香族性のバランスに大きな影響を与えることを明らかにしており,新たな誘導体としてベンゾチオフェン-S,S-ジオキシドを縮環部位にもつペンタレンの合成に取り組んでいました。卒業生の今西くんがその合成に取り組んでいた過程で,目的物であるベンゾチオフェン-S,S-ジオキシド縮環ペンタレンそのものではなく,ニッケルが配位した錯体が安定な化合物として得られることを予期せず見出しました。この錯体との出会いを契機に,遷移金属と配位子の相互作用の実験・理論両面からの解析を通して,上記の問いに一つの答えを得ることができました。

本研究の鍵を握る2つの着眼点は,(1) 反芳香族炭化水素を特別視せず,オレフィン配位子の一種であると捉え,金属–配位子間の相互作用と配位子の性質との因果関係を見出そうとしたこと,そして (2) 対照的な性質をもつ2つのペンタレン誘導体を用いたことです。第一に,遷移金属とオレフィンの配位性相互作用においては,上述のとおりπ逆供与,すなわち金属の占有d軌道と配位子のπ*軌道との相互作用が重要な役割を果たすことが知られています。このため,これらの軌道のエネルギー準位が近いほどその相互作用が強くなると考えられます。つまり,π*軌道の準位が低い = 電子受容性の高いオレフィン配位子ほどπ逆供与が強くなり,配位結合も強くなると予想されます。反芳香族炭化水素は普通のオレフィンと比較しても LUMO 準位が低いため,π逆供与にとって有利な配位子であることは想像がつきやすいです。一方,「配位による反芳香族性の緩和・解消がもたらすエネルギー利得」というのは,これとは少し異なる視点であり,両者の因果関係は必然ではありません。もし「反芳香族性は強いが電子受容性は弱い配位子」と「反芳香族性は弱いが電子受容性が強い配位子」があれば,「配位子の反芳香族性の強さが必ずしも強いπ逆供与をもたらすのか?」という問いに答えを得ることができるでしょう。

ただ,こんな配位子の組み合わせを実現するのは容易ではありません。なぜなら,反芳香族炭化水素には一般に,反芳香族性が強くなるほど HOMO–LUMO ギャップが狭くなる傾向があります。このとき,HOMO 準位はより高くなり,LUMO 準位は低くなります。つまり,反芳香族性がより強くなると,電子受容性もより強くなってしまうのです。これに対して,私たちはその抜け道となるような配位子の組み合わせが存在することに気づきました。それが,ベンゾチオフェン縮環ペンタレンと,その硫黄上を酸化した類縁体であるベンゾチオフェン-S,S-ジオキシド縮環ペンタレンです。硫黄を酸化した後者の配位子は,反芳香族性は顕著に低下するにもかかわらず,SO2 の強い電子求引性により LUMO 準位も著しく低下します。この2種類のペンタレンを配位子とする錯体の性質を比較することで,問いに答えることができるようになりました。結果として,(1) 反芳香族性がより低く,電子受容性がより高いベンゾチオフェン-S,S-ジオキシド縮環ペンタレンの方が,より安定な Ni(0) 錯体を与えること,(2) X線吸収分光と量子化学計算により,この錯体ではπ逆供与が増強されていることを実証し,配位子の反芳香族性の強さが必ずしも強いπ逆供与をもたらすわけではないことを明らかにしました。

さらに,このベンゾチオフェン-S,S-ジオキシド縮環ペンタレンのNi錯体は大気中でも安定で,ペンタレンと Ni 中心は強固な配位結合を形成しているにもかかわらず,Ni は常温でもペンタレン骨格の上を自由に動き回っていることを見出しました。温度可変 NMR スペクトルと量子化学計算により,この Ni の移動は2段階の過程を含んでおり,Ni の移動に伴ってペンタレン骨格のC–C結合の二重結合位置が移動していることがわかりました。さらに,この異性化反応の活性化エネルギー (ca. 13 kcal mol–1) は,典型的な遷移金属–ポリエン錯体における金属の移動過程 (23–30 kcal mol–1) と比較して顕著に低いことが認められました。配位の強さと動的挙動という一見相反する特徴が共存していることは,反芳香族炭化水素における結合移動との関連性も鑑みると興味深い事実です。

本研究は,今西くんが予期せず手にした錯体をきっかけに始まりました。この研究初期において,薄葉博士・安井博士は錯体の構造決定において重要な貢献を果たしてくれました。そして,鍬田さんが長谷川博士,王博士の強力のもとベンゾチオフェン縮環ペンタレンを使った比較研究,動的挙動の解明に取り組んでくれました。錯体の電子構造の解析は,大阪大学の植竹裕太先生(現:九州大学)との共同研究により行うことができました。さらに,研究全体を通した理論解釈においては,米国ヒューストン大学の Judy I. Wu 先生・Khan 博士に多大なるご協力をいただきました。一人でも欠けていたらこの研究は完成していませんでした。この場を借りて,心より御礼申し上げます。

ぜひ論文をご覧ください!オープンアクセスです。

関連論文 / Related Papers

  1. Facile Synthesis of Polycyclic Pentalenes with Enhanced Hückel Antiaromaticity
    H. Oshima, A. Fukazawa,* S. Yamaguchi*
    Angew. Chem. Int. Ed. 201756, 3270–3274.
    DOI: 10.1002/anie.201611344
  2. Dithieno[a,e]pentalenes: Highly Antiaromatic Yet Stable π-Electron Systems without Bulky Substituents
    J. Usuba, M. Hayakawa, S. Yamaguchi, A. Fukazawa*
    Chem. Eur. J. 202127, 1638–1647.
    DOI: 10.1002/chem.202004244
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  3. Thiophene-fused 1,4-Diazapentalene: A Stable C=N-Containing π-Conjugated System with Restored Antiaromaticity
    J. Usuba, A. Fukazawa*
    Chem. Eur. J. 202127, 16127–16134.
    DOI: 10.1002/chem.202103122
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